数馬酒造では多様な人材が活躍できる酒造りを目指して、醸造社員(いわゆる蔵人)の働き方の改善に取り組んでまいりました。
酒造りは一般的に秋から冬にかけて、蔵に泊まり込みながら早朝深夜を問わず、麹(こうじ)やもろみの世話をする過酷な労働環境といわれています。それらは次世代を担う20代・30代の方が職業として選ぶには、歓迎されにくい条件ともいえます。
そこで数馬酒造では将来を見据えて、2015年から醸造社員の季節雇用を通年雇用へと切り替え、早朝および深夜の作業や泊まり込みの廃止、休日の確保など、働き手主体の醸造体制へと見直しを図りました。これらを実現するに必要な設備投資も積極的に行っています。
その結果、現在では醸造現場は30代の若手社員が中心となり、結婚や出産といった大きなライフイベントを迎える世代でも酒造りに携わることができるようになりました。
2023年には男性醸造社員が長期育児休業を取得しました。男性社員の取得は数馬酒造では初めてのこと。その第一号が醸造を担う社員であることも、これまでの改革の実りと言えるのではないでしょうか。
今回のコラムでは、育児休業を取得した男性社員にインタビューを行いました。協力してくれたのは、入社5年目(2018年入社) の醸造課社員です。2015年の季節雇用が廃止となる前から季節雇用の蔵人として数馬酒造の酒造りに携わり、現在では他の社員たちからも頼られる存在です。彼は2023年に約半年間の育児休業を経験しています。
家族とかけがえのない時間を過ごすことができた
普段から家事を分担していたこともあり、育児についてはそれほど身構えていなかったそうですが、実際に体験してみると、お子さんの成長過程で日々対応を変えていかなくてはならない難しさがあったそうです。生きた微生物と日々向き合う酒造りにも少し通じるところがありますね。
「育児休業を取得して良かったことは、妻と過ごせる時間を多くとれたこと。共同作業も増え、意思疎通も取りやすかった。また子どもの成長を毎日見届けることができたことも、とても大きい」と話してくれました。
もともとは育児休業をとる予定はなかったものの、夫婦で子育てを頑張りたいという思いから育児休業を考え始めました。
能登では男性社員の育児休業取得の事例は少なく、身内からは「そんなに長く休んでどうするの」と反対の声も上がったそうです。しかしながら、奥様と家事や育児を分担しながら、家族とかけがえのない時間を過ごすことができたことは何ものにも代えがたい経験となりました。奥様のご両親にはとても感謝され、職場復帰の際にはお疲れ様会といった小さなパーティーをご家族が開いてくれたと嬉しそうに話してくれました。
普段から相談しやすい雰囲気が醸成された職場
では実際に育児休業に入るまでのプロセスはどうだったのでしょうか。
「制度として男性社員も取得が可能であることは知っていたが、社内での実績はなく、取れるとは思っていなかった」と彼は振り返ります。
育児休業を申し出たのは、冬季の醸造期間真っただ中のこと。残される仲間たちには悪いけれど、退職も視野に入れて直属の上司である責任者に話をしたところ、あっさりと快諾されました。それどころか「数馬酒造の男性取得者第一号として、新しい道の開拓者となってほしい」と思いがけない言葉をかけられたそうです。
会社に迷惑がかかると言い出しにくいことも一般的にはあると思いますが、そういった雰囲気は数馬酒造にはなかったと彼は言います。
数馬酒造では責任者との月一回の1対1ミーティングがあります。加えて、朝礼でのスピーチの機会、定期的な社長との面談、年2回の社員総会など、日頃から社員間のコミュニケーションをはかる工夫も取り入れています。特に責任者との月一ミーティングはプライベートと仕事が重なる部分も相談しやすくなりました。またワークライフバランスを重視し、変化が必要なことは積極的に取り入れていこうとする社風からも、育児休業を話しやすい環境が整っていたといえます。
育児休業中の社内コミュニケーション
酒造り期間の途中で育児休業に入ったため、蔵の様子が気になることもあったそうです。そうしたこともあり、分からないことがあったら育児休業中でも頼ってほしいと自ら申し出ました。これは「育児休業を取れることは会社に所属しているからこその権利なので、育児休業中であっても連絡が来ることは嫌だと思ったりはしなかった。むしろ自分本位に休んでいる後ろめたい気持ちもあったので、何でも聞いてくれたら良い」という思いからでした。
しかしながら半年間で連絡があったのは数えるほど。というのも数馬酒造では仕事の基本ルールのひとつに「チーム全員で取り組める仕事の仕組みをつくりましょう」を掲げています。作業内容を動画撮影してマニュアルを作成したり、酒造りの数値化やデータを蓄積して共有したりと、「自分だけが分かる仕事」をなくすよう努めてきました。こうした取り組みが今回の場面でも奏功したと感じます。また酒造り期間中でも醸造社員が事務職員と同程度の休日数を確保し、休日をしっかりとりながら酒造りができる体制が整っていきました。
社員に寄り添いながら進化し続ける
育児休業を取得した社員は、現在は育児休業を終えて、10月から職場復帰しています。半年間の休業で身体の衰えを身に染みて感じ、体力を使う酒造りの大変さを改めて感じたそうです。
育児休業を終えて思うことは「社会全般でみると、育児休業をとる人の問題というより、取得できる環境がいかに整っているかが大事。環境が整備され、会社が育児休業を推進してくれたら、育児休業を取る人はさらに増えていくのではないか」と振り返ります。
では数馬酒造の場合はどうだろうか。
「育児休業をスムーズに取得できたが、残された仲間たちの負担は大きかったはず」「数馬酒造には柔軟に変化していく社風があるので、育児休業中の体制作りなど、今後さらに育児休業を取りやすい環境づくりが進むと期待している」と話してくれました。
家族との時間やプライベートの時間も大切にしながら、心も健やかに酒造りに専心できる環境を目指して、あらゆる人材が活躍できるよう、ひとつひとつ進化を続けながら、酒造りの在り方を考えていきたいと思います。社員ひとりひとりとの対話や相互理解があってこそ、変化していけます。
また私たちの活動が、地域のより良い未来に少しでも貢献できましたら幸いです。