数馬酒造の働き方について、これまで2回のコラムにわたって綴ってまいりました。
これらの改革は社員の働きやすさを重視し、担い手を増やすことで伝統的酒造りを次世代へ繋いでいくための取り組みでした。
しかしながら、令和6年1月1日に発生した能登半島地震により、すべては一変しました。
当蔵の6棟中4棟は解体および建て替えや大規模な修繕が必要となり、解体に着手できるのは早くとも2025年の秋以降になる見通しです。
一方で皆様からのお力添えを頂きまして、4月から日本酒製造を再開できています。
地震によって全ての酒造り工程は強制的に中断されましたが、私たちにとって醸造環境をゼロから見直す貴重な機会にもなりました。
今コラムでは、震災を機に変化したことや新たに取り組んだことについてご紹介いたします。最後まで、ご覧いただけましたら幸いです。
過去のコラムはこちらよりご覧いただけます。
≫《社長レポート》私が進めた醸造現場の働き方改革①~若手正社員を責任者に据え、新たな醸造体制へ~
https://chikuha.co.jp/column/report_workstyle20231/
≫《社長レポート》醸造現場の働き方改革②~醸造社員の新しい働き方への挑戦~
https://chikuha.co.jp/column/report_workstyle20232/
三季醸造への転換
地震による断水が解消されたのは3月半ばのことでした。そこから、蔵内の洗浄や整備を行い、4月から本格的な日本酒製造を再開させました。ここで大きな問題となったのが、気温の上昇です。
一般的に酒造りは秋から冬に行うことが主流でしたが、近年では「四季醸造」という季節を問わず、年間を通して酒造りを行う酒蔵が増えてきています。当蔵でもこれまで10月〜4月に酒造りを行っていましたが、震災によって酒造りが中断し、能登の農家さんからお預かりしているお米をすべて日本酒にするには4月〜8月の時期に酒造りを行うことが必要条件でした。
暑い季節でも酒造りを行うためにはどうすれば良いか。上槽室(お酒を搾る場所)の冷蔵室化や、麹(こうじ)や醪(もろみ)をセンサーによって緻密に温度管理ができる設備などの環境を整える必要があります。
実はこれらの環境は被災前からすでに備えていたものでした。より高品質な日本酒を造るため、また社員が働きやすい環境をつくるために導入を進めている中で地震が起こり、被災前から目指していた理想形へと一気にステップアップすることになります。その結果、9月まで酒造りを続けることができました。
2023年度の酒造りがひと段落すると、建物の軽微な修繕を済ませてから高性能な冷却タンクをさらに導入しました。そして2024年度の酒造りでは、醸造期間を10月から翌年7月までとする「三季醸造」へと進化させています。
こうして夏でも安定的な酒造りができるようになったおかげで、仕込み期間を従来より数ヶ月延ばすことがが可能となりました。時間にゆとりが生まれたことで、現場からは「情報共有や改善の打合せなどのコミュニケーションの時間が増えた」といった嬉しい声が届いています。
これらの設備投資にあたっては、すでに四季醸造に取り組む酒蔵様から多くの知見を頂いて実現したことです。同業の皆様からの多大なるご協力を賜り、改めて感謝申し上げます。
完全週休2日制の導入、勤務時間の短縮
仕込み期間が長くなったことに併せて、働き方も理想に近づけるべく見直しています。
酒造りを再開した2024年4月1日からは醸造社員の勤務体制を完全週休2日制(土日休み)とし、かつ1日7時間の労働体制に切り替えました。これには醸造責任者が中心となって、醸造社員と共に醸造スケジュールや作業工程を見直し、社員の意見を尊重しながら効率的で働きやすい体制を組み立てています。
終業時間の短縮に伴い、より効率的に集中して作業に取り組めるようになりました。もちろん残業が増えてしまっては本末転倒です。そのため、2023年同様に残業時間を1人あたり月2時間以内とする目標を掲げて取り組んだところ、2024年の毎月の残業時間は平均2.1時間となりました。
一方で、就業時間の短縮によって日本酒の品質が低下することは絶対に避けなければなりません。むしろより高品質な日本酒を目指して、先に述べた設備投資の他にもお互いに気づいたことや改善の余地があることを話し合う場を設け、動線の見直しや情報共有方法の工夫、当蔵に適したオリジナルの道具製作など日々改善を重ねています。
身体の負担軽減のための設備導入
日本酒造りはお米などの重量物を運ぶ作業がいくつもあるため、筋力と体力を要します。
当蔵では醸造社員の負担軽減を目的に、また女性社員も酒造りに携わりやすいように、クレーンの設置など、体に負担が少ない運搬方法を取り入れるなどして、環境整備を進めていますが、依然として労力を使う作業が残っています。
そこで2024年度の酒造りからは洗米時の水を吸って重量が増したお米を持ち上げる作業について見直しを図り、浸漬ボックスや吸引機を導入しながら、すでに運用しているクレーンを併用して、身体的負担を減らす改善を行いました。酒造りに大きな影響を与える洗米工程(米の吸水)ですから、社員や設備業者様を交えての話し合いやテストを何度も重ね、改善案を固めていきました。
心身ともに健やかで、互いに豊かな話し合いを重ねながら酒造りをすることがどれほど重要であるかを、震災を経て私たちは学びました。社員の負担を軽減しながらも品質向上を追求することで、常に最高の日本酒を提供できるよう努めていきます。
新卒新入社員の採用
2024年6月に1名の新卒新入社員を迎えました。内定期間中に能登半島地震が発生したものの、私たちの信念に共感し、私たちと共に歩むことを選択してくれました。あれから半年、現在では醸造社員の一員として頼もしい姿を見せてくれています。
さらに今年の4月にもう1名、醸造を志望する新卒新入社員が加わる予定です。入社を前に「職場体験」という形で、定期的に能登に足を運んで作業に参加しています。
能登では人口流出が加速しています。特に働き盛りの世代が地震によって職を失い、生活のために能登を離れていると聞きます。酒造り再開の目途が早期に立たなかったら、当蔵にとっても他人事ではなく、社員の心を繋ぎとめることはできなかったと思います。
新たなメンバーを迎え、共に能登の復興へと歩んでくれる社員のためにも、能登の魅力を伝える日本酒を醸し、豊かな能登を未来に繋ぐべく、今後も理想の持続可能な醸造環境を追求しながら、社員一人ひとりが働きやすい職場を目指して、一層前進を続けていきます。