醸しコラム

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《社長レポート》醸造現場の働き方改革①~若手正社員を責任者に据え、新たな醸造体制へ~

2023.05.12

《社長レポート》私が進めた醸造現場の働き方改革
数馬酒造では、SDGs目標のひとつに「あらゆる人財が活躍できる多様性のある労働環境を構築する」を掲げています。特に閉鎖的で、過酷な労働環境と思われている酒造り現場の改善を優先的に行ってまいりました。

このコラムでは、数馬酒造代表がその持続可能な働き方を目指した取り組みについて、全2回にわたってご紹介いたします。最後まで、ご覧いただけましたら幸いです。

 

醸造環境の改善に着手した背景

私が数馬酒造を事業継承したのは2010年のこと。
その当時のお酒造りは、杜氏さんを筆頭とした蔵人と呼ばれる専門技術集団の方々が季節労働者として蔵に入り、住み込みで早朝から深夜までお酒を造ってくださるという働き方でした。そして、仕込み期間中は休日もほとんどありません。

経営を学んでいく過程で「当たり前のことを当たり前にやる」ことの重要性と難しさを痛感しながら「この部分は絶対変えていかなくては」と考えていたのが、この酒造りの労働環境です。

日々の経営の中で、私は社員さんに対して「自分がされて嫌なことをしない」という視点を特に心がけています。しかしながら、酒造りの現場を見てみるとどうでしょうか。
「自分だったら、約半年の間、少ない休日で、泊まり込みで、早朝から深夜まで働くという環境はどう感じるだろうか?」と自問した際に、当時20代前半の自分の率直な意見は「人生の一定期間は大丈夫かもしれないけれど、ずっと働き続けることは難しいし、嫌だな」というものでした。

自分が歓迎できない環境を、社員さんにお願いしていることへの違和感と申し訳なさが、経営者として強く心にありました。
そして、2015年。当時の杜氏が離職することを機に、1つの仮説を立て、本格的に醸造環境の改善に着手することにしました。
その仮説とは「酒造りの工程に働き方を合わせるのではなく、働き手主体の醸造体制へと見直し、造り手が心身ともに健やかな状態で醸す方が、結果として品質を向上させるのではないか」というものです。
醸造環境の改善に着手した背景
 

若手正社員を責任者に据え、新たな醸造体制へ

若手正社員を責任者に据えた挑戦しやすい職場づくり

数馬酒造の方針として「従来の酒造りを突き詰めていく」のではなく「これからの酒造りのあり方を考え、自ら創り出していく」という考えがあります。
そのためには次世代を担う人材の感性や価値観が必要不可欠だと考え、20代・30代の社員チームによる酒造りを進めることにしました。

現在の日本酒製造に従事している方の年齢層や人口動向を鑑み、次世代に残す産業となるためにも、積極的に若い人材に活躍していただく必要があると考えての決断です。幸いなことに弊社には熱意ある若手社員がいてくれたため、体制を変化させることに不安はありませんでした。

というのも、当時20代だった社員が「責任者を任せてほしい」と進言してくれたのです。そこで彼を醸造責任者に据えて、会社の理念や方向性を共有し、話し合いを重ねながら新たな醸造体制を一緒に構築していきました。

若き人材はこれまで培った経験値や技術力、情報量こそベテランの方にはかなわないかもしれませんが、変化に対応できるスピードや柔軟さ、豊かな創造性や挑戦心があるため、それらの強みを活かしたチームづくり、お酒造りを目指しました。

 

季節雇用ではなく、通年雇用による醸造従事者の正社員化

お酒を仕込む期間だけ酒蔵で働いていただく従来のやり方ではなく、通年在籍していただいてコミュニケーションを取れる方が、会社の理念や方針、他部署社員の意見やお客様のお声を酒造りに反映しやすくなります。

また私の直感として、通年雇用の正社員化により、社内の一貫性も強化されるのではないかと。実際に醸造責任者は「どのようにしてお酒がお客様へ届いているのか。お酒が完成した後の瓶詰め・ラベル貼り・販売など、それらに関わっている人たちの姿や声を実際に見聞きした上でお酒造りをすることが重要」と常々言います。

お酒は造った時ではなく、お客様の口に入った時に初めてその味わいやおいしさが伝わります。そのため、会社としてもお酒を搾って終わりではなく、その後どのように貯蔵され、どのように出荷され、どのような流通経路を辿り、どのようなお客様がお手にとってくださっているのか、そしてお客様からどのようなお声があるのかを造り手も日々共有することがとても重要だと考えています。
また、お酒の仕込み期間が終わっても、次の酒造りにけて改善点の議論をしたり、蔵の修繕や機械のメンテナンス、設備投資など、酒造りに付随する仕事は多岐に渡ります。春になると蔵を離れるやり方では、これらを話し合う機会は極端に少なくなります。

そうしたこともあり、これらの価値観に共感し、お酒造りに専心して取り組める方々と一緒に歩んでいくことが重要であり、20代・30代の正社員でのチームづくりを進めています。
通年雇用による醸造従事者の正社員化
 

早朝および深夜作業の廃止

若手層でのチームづくりが進むにつれ、従来型の労働環境の改善点がいくつも見つかってきました。
まずは「労働時間の長さ」です。いや。それ以上に、社員さんとの話し合いで私が一番改善すべきだと感じたのが「拘束時間の長さ」です。

例え休憩時間を長く取ろうとも、社員さんからすると社内で過ごす時間が長いことは、体の休息はもちろん、心の休息が取りにくいのではないかと思います。心身ともに健康であることが、弊社が一番大事にしたいチームワークの土台となります。

そこで、現場の社員さんたちの意見を取り入れながら、醸造スケジュールや工程の見直しや工夫を図り、必要な設備投資も積極的に行った結果、現在では8時30分〜18時の労働体制になりましたが、まだゴールだとは思っていません。まずは、3年以内に8時30分〜17時30分の勤務時間で残業が0時間(現在は月平均3時間)になるような体制づくりを目指します。

 

泊まり込みの廃止

先述しました通り、早朝・深夜の作業をなくすことができたため、蔵での泊まり込みも同時に廃止することができました。
休息のためにはやはり自分の家で過ごすのが一番リラックスできると思いますし、家族との時間やプライベートの時間も大切にしながら、心も健やかにお酒を造ってもらいたいと思っています。

しかしながらお酒は“生き物”であり、従来は泊まり込みの24時間体制で麹(こうじ)や醪(もろみ)の管理をしていたので、どうしてもそれらの温度経過によっては、夜に作業が必要な場合があるかもしれないという不安がありました。そこで新たな設備を導入し、自宅に居ながら各自のスマートフォンで温度を確認できるようにし、異常時にはアラートが飛ぶようにしました。結果的には、深夜作業を行うことはほとんどなくなり、醸造社員の皆さんも事務職社員と同じように毎日自宅から通勤されています。

 
後編はこちらよりご覧いただけます。
≫《社長レポート》私が進めた醸造現場の働き方改革②~醸造社員の新しい働き方への挑戦~
 


 

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